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恋愛小説:わたしがまだ姫と呼ばれていたころ

わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode3 アゴクイ

                             
その昔、わたしがまだ姫と呼ばれていたころの話。

「アゴクイ」なんて言葉も、まだなかったころのこと。
でも、確かにそんなポーズを少女コミックか何かで見たような気もする。
別に憧れていたわけでも、おねだりしたわけでもなかったけれど、
一度だけ、アゴクイの経験がある。

相手の男は、つきあっていた男の友達。
旅行のお土産を渡したいから、というので仕事終わりに待ち合わせた。
ちょっと飲みたい気分でもあったので、その男のよく行くというレストランバーに行った。

ウイスキーベースのカクテル「マミーテーラー」がオススメだというので、それを注文する。
レモンジュースでなく、ちゃんとライムジュースで作ってあり、半月型のカットライムも入っているところがいい。
ジンジャエールもウィルキンソンのドライ(辛口)を使っているあたり、姫の好みをよく押さえている。
仕事のあとのアルコールは特に美味しく感じられる。プラス、美味しい料理と、男の旅先での奇想天外な話に引き込まれ、気がつくといつもよりハイペースで飲んでいた。

「姫、ちょっと飲み過ぎじゃない?」
「大丈夫よ。ちょっと手を洗ってくるわ」

高いスツールから立ち上がろうとした途端、バランスを崩してよろけそうになった。
「危ない」
すばやく男の両腕が姫のからだを支えた。
「ありがとう」
「一緒に行くよ」
「いいわ、ひとりで行けるから」

姫は男の手を払いのけると、ハイヒールの足に力を込めて、テーブルや壁を手すり代わりに、少しずつ歩いて行った。
後ろから心配そうに見ているであろう男に、平気なのだということをアピールしたかった。

洗面所で水を流しながら何度かうがいをした。気分が悪いわけではない。むしろ、逆。
ふわふわと雲の中を歩いているような感じ。鏡の中の自分自身が、いつもより数段可愛く見えた。
「やっぱり酔ってるのかしら」

バッグの中から白粉を取り出し、頬とおでこ、鼻の頭に少しはたく。リップグロスをつけ直す。
ティッシュで唇を軽く押さえてから、もう一度鏡の中の自分に微笑む。

席に戻ると、男が水の入ったグラスを差し出した。
「これ、飲んで。もう今日はアルコール禁止な」
「命令しないで」

口ではそう言ったものの、素直に男からグラスを受け取って水を飲んだ。
「あー、美味しい」
「少し休んだら行こうか」
「うん」

一気に飲み干したグラスを見て、男が言った。
「もう一杯もらおうか?」
「ううん、もういい。ありがとう」

それから男は、「今日職場であった面白い話」というのをしてくれたのだが、ちっとも面白くなかったので、「もう大丈夫だから行こう」と、姫は席を立った。
姫が手を洗いに行っている間に、男は会計を済ませてくれていたようだ。
「わたしの分は?」
「いいよ、今日は」
「でも、次があるわけじゃないのよ」
「ううん、いいんだ」
「そう。じゃ、ごちそうさま。ありがとう」

「ねぇ、少し歩かない?」
男にそう言われ、腕時計を見る。
「そうね、まだ早いから、少しなら」

そのころの男女が歩く、と言えば「鴨川」に決まっていた。
今もそうなのかもしれないけれど、飲んで酔い覚ましに歩くにはちょうどいい場所だ。
ちょっと歩き疲れたら河原に座って鴨川を見ながら話す、というのはもはや定番中の定番。
そのあとの展開だって、十中八九は同じだろう。
姫は何度も歩いたことのある鴨川を、つきあっている男の友達と、今日初めて歩いた。

ハイヒールで歩きづらいのが難点だったが、頬を撫でる風が心地よい。
そんな姫の足元に気づいたようで、男が声をかけた。
「そんな高いヒールじゃ歩きにくいだろ? 脱いじゃえよ」
「命令しないで」
「おぶってやろうか」
「結構よ、ひとりで歩けるから」
そう言った途端、ハイヒールが河原の石の間にはまり、姫は転んでしまった。
「痛ーい」
横座りのような恰好で座り、姫は痛めた左の足首に左手を当てた。痛くてうつむいてしまう。
その瞬間だった。男にあごを、手でクイッと持ち上げられた。
「姫は、どんなときも、顔を上げてろよ」
そう言う男の澄んだ瞳が、とても眩しくて思わず目を瞑ってしまった。
唇に温かくやわらかい感触だけがあった。

目を開けて姫は男に言った。
「そうね、どんなときも、顔を上げていなきゃね」
「お、珍しく『命令しないで』って言わないんだな」
「まぁ、たまにはね」
姫は苦笑いした。

「あいつと別れろよ」
「命令しないで」

また男にアゴクイされそうになったので、姫は慌てて立ち上がってきっぱり言った。
「別れるときは、自分の意志で別れるから」

アゴクイはあれ以来、誰にもされていないし、望んでもいない。




episode1 から読んでみたいかたは、こちらからどうぞ。
   ↓
わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode1 三日月





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