恋愛小説:わたしがまだ姫と呼ばれていたころ

わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode4 整体(1) 浄化


その昔、わたしがまだ姫と呼ばれていたころの話。

そのころ、新しく紹介してもらった整体の先生は、それまでのどの先生とも違っていた。
だいたい、うつ伏せから始まって、仰向けになる。場合によって、横向きになることもあるけれど、からだだけで終わるのが常だった。

それが、その先生は頭も施術してくれると言う。
一日ひとりだけ、という完全予約制のせいか、予約は1年先までいっぱい。
しかも、初回は誰かの紹介がないと、受けられない。
噂を聞いて、1年間待ち続けてようやく、その日を迎えた姫。

最寄駅からの簡単な地図を頼りに歩くこと十分くらい。そのサロンは住宅街にひっそりとあった。
看板もなく、サロン、というより普通の家のような感じ。隠れ家っぽいところがいい。
チャイムを鳴らすと、スキンヘッドの渋いおじさま先生が現れた。

「ようこそ、お待ちしていました。さぁ、どうぞ」
少し甘めの低音ボイスが、玄関の吹き抜けに吸い込まれてゆく。
案内された部屋は、全体に白っぽい印象で、大きな窓から差し込む光が眩しい。
フランキンセンスの香りが漂っている。
「先生、いつもこの香りを?」
「いいえ」
「今日の気分で?」
「ええ。あなたに合わせてね」
「どうして?」
「どうして、あなたの好きな香りがわかったのかって?」
「ええ」
キョトンとしている姫の質問に答える代わりに、先生は優しく微笑むと姫にイスに掛けるように勧めた。
ガラスの丸テーブルをはさんで、こちら側と向こう側にイスが一脚ずつ。その向こう側には、施術用のベッドが見えた。
他には何もない、シンプルな部屋だ。ヒーリングサロンでよく流れているような音楽も流れていないし、時計もない。

「さぁ、どうぞ。遠慮しないで」
無機質な部屋が、先生の声の温かさを際立たせている。
「先生、すごく楽しみにしてたんです。ほんと、もう待ちきれないくらい、待って待って……」
「わかっていましたよ」
「何がですか」
「今日、あなたがいらっしゃること」
「だって、それは予約してるから」
「そういうことでなくて」
「え?」
「まぁ、それは追々ね。さぁ、掛けて」

先生の意味深な物言いに好奇心を掻き立てられながらも、それまでずっと立ったまま話していた姫は、ようやく手前のイスに腰掛けた。
先生も向こう側のイスにゆっくり座ると、「では、ちょっと失礼」と言うが早いか、姫のからだを目を細めるような感じで見始めた。
からだ、というより正確に言うと、からだの周りの空気を、といった感じで、視線がどことなく定まっていないような見方だ。
「先生、何が見えますか。わたしのオーラを観てるんですか」
「ちょっと静かにしててね」
「あ、ごめんなさい」

しばらく見ていた先生が静かに言った。
「右の後頭部、痛くないですか」
「ええ、なんでわかったんですか。今日伺ったのは、それなんです」
「サインですね。ご先祖様からの」
「祟りとかですか」
「いえいえ。ご先祖様は祟ったりしませんよ。ただ、気づいてほしいだけなんです」
「どういうことでしょう」
「過去世に何があったのか、見ていきましょうね」
「はい、よろしくお願いします」
いつになく神妙な顔の姫を安心させるように、先生は続けた。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。さぁ、こちらへどうぞ」

施術用のベッドへ案内された。
「洋服はそのままで大丈夫ですか。着替えますか」
「このままで大丈夫です」
整体に行くときは、いつも伸縮性のあるパンツに決めている。トップスもしわにならない楽なものを着ているので、気にすることは何もなかった。
「では、仰向けにお願いします」
スリッパを脱いで姫はゆっくりベッドに上がると、仰向けに寝た。
「失礼します」と先生は言うと、大きな厚手のタオルケットを姫のからだがすっぽり隠れるように掛けた。
「寒くないですか」
「はい、大丈夫です。ありがとうございます」
「では、これから始めますね。頭を少し触りますけど、もし途中で嫌だなと思ったらすぐ言ってください」
「はい」
「軽く目を閉じて、リラックスして」
「はい」
言われるがまま、姫は目を瞑った。
「途中で何か映像が見えるかもしれません。ただ見ていてください。どんどん流れていきますから、立ち止まらないで」
「はい」
姫はだんだんワクワクしてきた。何が見えるんだろう、と頭の鈍い痛みさえ忘れそうだった。
先生がベッドの頭のほうに回り込んでくる気配がした。
「失礼します」という声とともに、姫の側頭部を先生の両手が静かに包み込んだ。
耳も覆われているせいか、巻貝を耳に当てたような海にいるような気がした。
そして、だんだん意識が遠くなっていくような感覚。

突然、石畳が見えた。石畳の坂道を歩いているひとりの女。
モノクロームの映像だからか、寒々しい冬の曇った空。
日本ではない。どこだろう、ヨーロッパのような感じだ。

急に場面が変わる。
石牢に女がひとり閉じ込められている。
「ごめんね、助けてあげられなくて」と、石牢の外側で泣いている別の女。

蜂の大群の映像。
夏の炎天下、砂漠を歩いている女。
海の中に潜っている女。
場面はめまぐるしく変わっていく。

また、石畳に戻る。それから、石牢へ。
「大丈夫ですか」という先生の声で目を開けると、姫は自分が泣いていたことに気づき、驚く。
「先生」
ベッドの左側に立った先生が、心配そうに姫を見下ろしていた。
「先生、わたし、どうしてたんですか」
「途中から泣きだされて、あまりにも辛そうだったので、声をかけました」
「助けてあげられなかったんです、わたし。それで……」
思い出したのか、姫は泣きじゃくった。
「大丈夫ですよ。……後頭部の痛みは、いかがですか」
「あれ? 軽くなってるみたい」
「良かったです」
「あの石牢に閉じ込められていたのは誰なんですか」
「誰だと思いますか」
「おかあさん、かな」
「助けてあげられなくて、外側で泣いていたのは?」
「わたし、だと思います。……先生にも見えてたんですね」
「ええ。あなたは過去世でおかあさんを助けられなかったことを、ずっと悔やんでいたんですね」
「そうだったんですね……」
「でも、今心からそのことを申し訳なく思って、涙を流したことで、きっと浄化されたのでしょう」
「そうなんですか」
「気づいてもらえたことで、ご先祖様は喜んでいらっしゃるようです」
「じゃあ、あれはわたしのおかあさんと、わたしじゃなくて?」
「魂はあなたのおかあさんと、あなた自身のものでしょう」
「じゃあ、ご先祖様って?」
「あなたのおかあさんの魂が、昔宿っていたからだの持ち主です」
「今のわたしのおかあさんも、これで救われたってことでしょうか」
「ええ、今日、帰ってからおかあさんと話してご覧なさい。わかると思いますよ」
「先生、ありがとうございます。……実は、もうひとつあるんです」
「ええ、わかっていますよ。だから今日、僕の所に来たんでしょ」

先生は何もかもお見通しだと言うような顔付きだった。
姫はまた目を閉じた。
「じゃあ、先生、続きをお願いします」


                【episode5 整体(2)に続く】




episode1 から読んでみたいかたは、こちらからどうぞ。
   ↓
わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode1 三日月






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