恋愛小説:わたしがまだ姫と呼ばれていたころ

わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode8 成人の日(2)


このお話は、わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode8 成人の日(1)の続き になります。

よろしければ先に、episode8 成人の日(1) をお読みいただくと、話がわかりやすいかと思います。




八時五十二分、寮の駐車場で姫が待っていると、センパイの赤い車が見えた。

「姫ちゃん、早かったね」
「うん、なんかワクワクしちゃって」
「今日も可愛いよ。そのスカートも良く似合ってるね」
やっぱりこのスカートにしてきて正解だった、と姫はうれしくなった。

「さぁ、乗って」
センパイが助手席の外に立って、ドアを大きく上に開けてくれたので、姫は滑り込むようにして乗った。
姫の両足がすっぽり収まったことを確認すると、センパイは外側からドアをそっと降ろして閉め、回り込んで運転席に座った。

「センパイ、いつもドアの開け閉めしてくれますよね? レディーファースト?」
「うん、それもあるけど」
「けど?」
「ほら、この車、見てわかると思うけど、ガルウィングだから」
「ガルウィング?」
「ドア、普通の横開きじゃなくて、跳ね上げ式でしょ」
「うん」
「触られたくない、っていうのもあるんだ」
「なーんだ」
「でも、この車、姫ちゃんしか乗せたことないよ」
「ほんとに?」
「うん、ボク、好きな娘(こ)しか乗せない主義だから」
「そんなの、信じない。だって、センパイ、サークルで一番人気だもん」
「姫ちゃんも、サークルで一番人気の女の子だよ」
「うそー?」
「知らないの?」
「うん。聞いたことない」
「少なくとも、ボクの中ではね」

車から流れてきたBGMは、ホール&オーツの「プライベート・アイズ」
「ちょっと古い曲なんだけど、今気に入ってるんだ」と、センパイがこの前言ってた。姫も好きな曲のひとつだ。
市販の芳香剤が苦手な姫を気遣ってか、赤いリンゴがひとつ、ダッシュボードの助手席側の端っこに置いてある。ほのかに漂ってくる自然な甘い香りが心地いい。

「ねぇ、どこに行きたい?」
「そうね~。このキラキラの銀世界が消えないうちに……」
「銀閣寺は?」
「うん! ……ねぇ、センパイ。銀閣寺に行くんだったら……」
「あとで、『おめん』に寄ろうか?」
「え? 覚えててくれたの?」
「うん。銀閣寺に行って、そのあと、うどん食べよう」

「あとね、もひとつお願いしてもいい?」
「いいよ。今日は姫ちゃんのお祝いだから、なんでも言ってごらん」
「北山のね、『太陽がいっぱい/星空がいっぱい』にも行きたいの」
「OK。ほかには?」
「あとは……」
「あとは?」
「宝ヶ池でボートに乗りたい」
「え? 寒くない?」
「うーん。やっぱ、寒いかな」
「でも、姫ちゃんが乗りたいなら、行ってみようか」
「うん」
「ほかには?」
「うーんとね……」
「姫ちゃんって、結構欲張りなんだね」
センパイが助手席の姫のほうを向いて笑った。

「じゃ、あと、いっこだけ」
「なに?」
「……センパイのおうちに泊まりたい」
「…………」
「なーんて、ウソ」
「姫ちゃん?」
「なに?」
「ボクのこと、からかってる?」
センパイが、急に真面目な顔になった。真剣な目で姫を見つめる。姫はどぎまぎした。

「そんなこと、ない」
「じゃ、なんで、泊まりたいとか、言うの?」
責めている口調ではない。真意を測りかねているような、そんな感じだ。
姫は無意識にセンパイから顔をそむけた。ダッシュボードの隅っこで、真っ赤なリンゴが微笑んでいるような気がした。

「……センパイのこと、……好き」
リンゴに勇気をもらって、姫がつぶやくように言った。
真剣な表情で、センパイを見上げる姫。
センパイの顔が近づいてくる。条件反射で姫は目を瞑った。センパイの唇が一瞬、姫の唇に触れて、すぐに離れた。

BGMは同じくホール&オーツで、「キッス・オン・マイ・リスト」に変わっている。
「もう、いっこ、お願いしてもいい?」
姫が目を開けて、遠慮がちに言う。
「うん、いいよ」

「もう一回」
そう言うと、姫は静かに目を閉じ、少し上を向いて、唇を軽く突き出しておねだりした。
姫の唇はやさしくふさがれた。姫のアプローチにより自信を持ったセンパイの熱いキスは、次の曲「マンイーター」になっても続いていた。

憧れのセンパイからの、成人のお祝いは、これ以上、もう何もいらない。
ふたりだけの空間に、リンゴの甘い香りだけが漂っていた。



        【episode8 成人の日 終わり】 





episode1 から読んでみたいかたは、こちらからどうぞ。
   ↓
わたしがまだ姫と呼ばれていたころ episode1 三日月






にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(純愛)へ
にほんブログ村

恋愛小説 ブログランキングへ

☆ お読みいただき、ありがとうございます ☆
関連記事

テーマ : 恋愛小説
ジャンル : 小説・文学

コメント

コメントの投稿

非公開コメント

cafe sanur

Author:cafe sanur

現在の閲覧者数: